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アイシング |
1)けがによって組織はどうなるのか?
スポーツで起こるけがの大半は、靭帯や筋・筋膜が傷つけられる現象である。捻挫の場合は靭帯が、肉離れや打撲の場合は筋・筋膜が、外力によって大小さまざまな損傷を受け、その部分を中心に痛んだり、腫れたりします。損傷を受けた部分の細胞は壊れてしまいます。細胞膜が破れて細胞の中にあった細胞液が周囲に流れ出したり、近くの毛細血管が切れて血液が流れ出したりします(これを総称して「内出血」という。)。それらの液体は、まだ無事な細胞の周囲に浸透し、細胞と細胞の間を浸します。これが、けがが起きた直後の状態です。
けがによるダメージで毛細血管が切れると、生きる為に必要な酸素や栄養素の補給路が断たれることになり、細胞は途端に死滅の危機に瀕します。
更に、壊れていない健康な毛細血管にも内出血の影響は及びます。細胞の外に染み出した細胞液や血液は、その水圧によって周囲の毛細血管を押し曲げます。毛細血管は本来、細胞に隣接して酸素や栄養分を送り届けているのですが、この押し曲げられるという物理的刺激によって本来あるべき位置から引き離され,正常な血液循環が阻害されてしまうのです。その結果,健康な細胞の酸素や栄養素不足に拍車がかかることになります。どんな小さなけがであっても、周辺の細胞は死滅の危機にさらされるのです。
そのまま放置しておくと、損傷の範囲が次第に広がってしまいます。このように、破壊された細胞の周囲の細胞が酸欠状態によって死滅していく現象を「二次的低酸素障害」と呼びます。
一次的なダネージによって破壊
された細胞と毛細血管 |
二次的低酸素障害が広がり周囲の
細胞はその影響を受ける。 |
2)冷やすことによる効果
生物の細胞は、温度が低下すると代謝のレベルが落ち,活動の不活性化するという特徴があります。人間の細胞も、冷却されると代謝レベルが落ちます。代謝レベルが落ちるということは、それだけ酸素や栄養分の必要量が減るということ---新陳代謝が緩やかになり、静かに生きている状態になるということです。つまりアイシングには、けがをした患部を冷やすことでその部位の細胞の代謝レベルを下げ,細胞が必要とする酸素・栄養分の絶対量を減らす効果があるのです。つまり、二次的低酸素障害を最小限に抑えて、細胞を一次的にに冷凍保存状態に置くのです。アイシングをしないで放置しておくと、けがが大きく広がってしまい、その結果、治癒によけい時間がかかることになりなす。
アイシングには一次的損傷による炎症反応を抑える効果がある。更に痛みに対しても、アイシングは抑制効果があります。これは一種の麻酔作用であり、患部は冷却されると感覚が鈍くなります。
3)RICEの生理学的効果
R:Rest----安静
運動を中心して全身の血液循環を抑えるとともに、患部を固定することで局所的な安静を保つ。
I :Ice----冷却
冷やすことで血管を収縮させて炎症や出血を抑え、痛みを軽減する。
C:Compression----圧迫
周囲の組織や血管を圧迫し、患部に組織液や血液が滲出して内出血や腫れが起こるのを抑える。
E:Elevation-----挙上
患部を心臓よりも高く挙げることで、内出血を抑える。
4)慢性的な痛みに対する冷却効果
慢性的な症状に対するアイシングは、痛みを軽減させ、運動をスムーズに行うための助けになります。
慢性的な痛みは、特定の関節や筋肉に繰り返し負荷をかけることによってその部分が炎症を起こし、発生する痛みです。痛みがあるということは、どこかの部位に炎症が起きていることを表わしています。その主な原因は「スパズム」と呼ばれるもので、これは本来緩んでいるべき筋肉が意に反して縮んでしまい、硬くこわばってしまう現象です。そして、スパズムが起こると更に痛みが増し、その痛みが更にスパズムを引き起こすという悪循環を繰り返すことになります。肩こりや腰痛では、この悪循環が継続的に起きていることが多く、それが慢性的な症状となって患者を悩ませます。スポーツ選手の場合は、この悪循環の結果、筋力や関節可動域が低下し、フォームが崩れて十分なパフォーマンスが発揮できなくなります。こうなると、痛いところを「かばう」動きが生じて今度は他の部位に痛みが出るなど、ますます深みにはまっていきます。アイシングをうまく利用すると、このようなドロ沼に陥るのを防ぐことができます。冷やすことにより、「痛み−−スパズム」の悪循環を断ち切るのです。
図1は膝の関節と大腿部の筋肉を簡略化して示したものです。痛みの原因となっている損傷部位が、かりに関節近くの筋肉内にあるとします。それぞれの筋肉には、末梢の情報を中枢(脳や脊髄)に送る知覚神経がつながっています。その知覚神経を通じて、「痛い」という情報が中枢へ伝えられます。中枢からの命令は運動神経を通じて末梢へ伝えられますが、末梢からの「痛い」という情報が強ければ強いほど、中枢からは「動かすな」という強い命令が筋肉に対して伝えられます。これは損傷を持つ筋肉に対してだけでなく、その周辺の筋肉に対しても伝えられ、その結果、スパズムが生じるのです。損傷部位が筋肉以外のところ、例えば関節内の軟骨や靭帯に存在している場合も同様に、周囲の筋肉にスパズムが生じます。
アイシングには一種の麻酔効果があり、痛みを軽減させることができる。痛みが軽減するということは、損傷部位から中枢へ伝えられる「痛い」という情報が弱くなることを示します。情報の量も減りますし、その伝達スピードも鈍ります。すると、中枢では痛みの程度はそれほどではないと判断し、筋肉へ送る情報の質がアイシング前とは変わります。すなわち「動かすな」ではなく、「動かしても大丈夫」という命令が運動神経を通じて伝えられるのです。これによってスプズムが軽減され、筋肉本来の動きを取り戻すことになります。(図2)
図1 図2
5)氷の持つ優れた能力
アイシングは筋肉や関節を冷やすのが目的ですから、その道具は体から熱を奪うエネルギーを持ったものでなければなりません。
最も一般的で、便利なのが氷です。0℃の氷が0℃の水に変わるときには、非常に大きなエネルギーを必要とします。固体が液体に変わるときのこのエネルギーを融解熱といいますが、その値は1g当たり約80calにもなります。これは周囲からそれだけの熱を奪っていることを意味し、氷を当てている部分はその分、冷却されることになります。これほどの冷却効果を持つ媒体は氷以外にはありません。氷よりはるかに温度の低いドライアイスですら、溶けるときのエネルギーは氷よりもかなり劣ります。氷より温度が低くなるコールドパックなどのほうが冷却能力が高いと錯覚しがちですが、それらは意外に熱を奪う効率が悪いのです。
温度がマイナスになった氷やコールドパックを使ってアイシングすると、短時間であっても凍傷を起こす恐れがあります。ですから安全面からも、できるだけ0℃の氷を使うよう心掛けましょう。家庭用冷蔵庫のフリーザーで作る氷はマイナス温度になってしまうので、使用前に水にさらして表面を少し溶かして使うか、水を混ぜて氷水の状態で使うなどの工夫が必要です。その点で、常に0℃の氷を作ることのできる製氷機は、アイシングにはとても強い味方となります。
6)クライオストレッチ
これはアイシングとストレッチングを組み合わせることによって、筋肉のストレッチ効果をより高めようとするテクニックです。痛みや筋疲労にため通常のストレッチングが困難な場合に最も威力を発揮します。状態でいえば、コチコチに張っている、伸ばそうとすると逆に縮もうとして痛い、ピクピク痙攣するといった場合です。またそれ以外にも、頑固な肩こり・腰痛、あるいは疲れがたまって柔軟性が低下し、ふだんと違ったアプローチでストレッチングをしてみたいときなどに試してみるといいでしょう。
7)クライオキネティックス
プロのトレーナーが好んで用いるテクニックに”クライオキネティックス”があります。cryo-kineticsのcryoは冷却を、kineticsは運動を意味する単語です。つまり、簡単にいえば冷やして動かすこと。アイシングと運動を組み合わせてけがからの回復を早めるテクニックで、リハビリテーションの一手段です。
「けがによって損傷を受けた組織は適度のストレスを与えたほうが修復が早い」という考え方に基づいています。
例えば、足首の捻挫は足関節を過度に捻ったりして、靭帯が引き伸ばされて損傷を負うものです。回復のためには、損傷を負った靭帯の組織が修復されなければなりません。もちろん、安静にしていても組織は修復されるのですが、適度な刺激を与えたほうが修復が早く進むと考えられています。
図3は捻挫によって壊された靭帯をモデル化したものです。壊された部分には、血液によってこれを修復するための材料(たんぱく質など)が次々と運ばれてきます。その修復材料は何もしないと不規則な状態で置かれたままですが(左図)、靭帯の線維を適度な張力で引っ張ってやると、もともとの線維の走行に近い配列に並んでくれます(右図)。この適度な張力を与えるのに最も有効な手段が運動であり、運動することによって修復が早く進み、けがの回復が早まると考えられます。
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