何気なしに窓の外を眺めて、もう幾分立ったか…。
 ソファーから、寝ぼけた声が聞こえてきた。
 「…うぅ〜…ん…。」
 声のする方へと目線を滑らすと、遊戯が起きあがりながら両腕を上にあげて伸びをしていた。
 ひとしきり伸びをした後、今度はきょろきょろと回りを見まわし始めた。
 上を見たり、書棚を見たり、壁にかけられたホログラムを見たり、調度品を見たり…。
 そんな忙しく周りを見ている中。
 遊戯の視線が、ふと自分を捕えた…。
 「…かい…ば…君…?」
 とてつもなく不思議そうな顔をされた。
 そして、あらぬ方向を見ながら小首をかしげ、う〜んう〜んと考えこんでいる。
 …コイツの事だ。
 大方、何故自分がここにいるのか、分からないなりに状況判断をしているのだろう。
 暫く様子を見ていたら、海馬を凝視して言った。
 「…僕、どうしてここにいるの?」





 ──本当に分かっていない様だった。





 なんだか力が抜けて、説明するにも億劫になりそうだった。
 …いきなり、本当の事なぞ言えるわけも無い。
 『…己の存在意義を保ちたかったから、今にも死にそうなお前を連れてここへ来た』
 なんて言ってしまったら…。
 遊戯は一体どんな顔をするのだろう?
 (…言えんな…。)
 自分のエゴで連れてきたとは、流石に言えない。
 …自分のプライドが、本心を言うのを赦さない。
 では、どう説明しようかとも悩む。
 遊戯も海馬の次の行動に、固唾を飲みこんで微動だにしない。
 しばらく考えた後、重たい口を開いた。


 「真崎が…言っていた。」


 小さな体ををビクンと震わせ、海馬を見つめる。
 …今にも泣きそうな顔をして…。

 「…エジプトから帰った後…。何も話さないと言っていたが…。」

 遊戯のその眼は、なんとも言えない哀しい色。
 …深く、強引に探れば、壊れてしまいそうで…。
 「何が…あったか、話せるか?」
 問われた質問に、そっと海馬から視線を外して俯く。

 「……。」

 何も言わず、肩を震わせて俯く遊戯。
 哀しみに…何らかの罪に耐えているような…そんな仕草に、何も問えなくなる。
 判ったのは、こう言った状況下にしゃしゃり出てくる人物がいなくなったと言う事だけだろうか。
 いつもなら、この状況に奴が出てくる筈だ。
 「よくも相棒を!」とか言いながら、不遜な顔をして出てくる奴が。
 …それが無いと言う事は、奴が遊戯の内から消えたと考えるのが妥当だ。
 (しかし、なぜそんな事になったのだ?)
 自分は現場を見ていないので信じるも何も無い。
 己の目で確かめてこそ、初めて状況を確認したと言えよう。.

 「…どうした。」

 自分の問いに、無反応な遊戯を見ると…。
 …声も無く泣いていた。
 悔しそうに、拳を握り締めて…。
 顔を俯いたままに、再び涙を流す。

 「…フン。まぁいい。話したくなければそれでも構わん…。」

 海馬は凭れていた窓から、背を離し、自分のデスクの椅子に座ると、馴れた手つきで目の前の端末に電源を入れ、先日までに立ち上げた新たに開発したOSのプログラミングを起こした。
 それを見計らったかの様に、勢い良く社長室のドアが開いた。

 「兄サマ!一体どうし…。……遊戯!!」
 勢い良く入ってきた人物は、ソファーにいる遊戯を見て驚いている。
 「…騒々しいぞ、モクバ。」
 弟の非礼な行動を怒るでもなく、パソコンのキィを黙々と叩きこんでいる兄の言葉に、ハッとなる。
 「…兄サマ。」
 兄を見るが、遊戯にはお構いなしで自分の仕事をこなしている様だった。
 ソファーに佇む遊戯に、自分は何と言って良いのか…。
 「…遊戯…。」
 エジプトでの一件を、城之内から聞いている自分としては、今の遊戯にかける言葉が出てこない。
 「…よく、来たな!遊戯!」
 少し笑いながら、遊戯に普段と変わらない挨拶をする。
 (…ちっ…もっとマシな事言えないのかよ、オレ…。)
 心の中で、、自分の言葉の足り無さに、幾ぶん呆れかえりながら。
 俯いたままの遊戯の肩を軽く叩いた。
 遊戯はゆるゆると、力なく顔を上げる。
 「…モクバ君。」
 モクバは遊戯を見て、何も言えなくなってしまった。
 以前の遊戯からは想像も出来ない、哀しみに満ちた笑顔…。
 何かに耐えるような、自分を責めているような、そんな哀しい笑顔に…。
 モクバは急いで兄に向かって走り出すと、キィを打ち込んでいる海馬の袖にしがみ付いた。
 「…っ!兄サマ!これは一体どう言うことだよ!!」
 震える声で、叫びながら。
 当の兄は冷静に仕事をこなしている…。
 「…落ち着け、モクバ。」
 「この状況に、落ち着いてられないよ!!兄サマ、どうして?!」
 どうして、遊戯をここへ?!
 必要無い事ならば、兄はここへと遊戯を呼んだりは絶対にしないのだ。
 そして、現に兄は視察を自分に代行させ、泣いたままでいる遊戯とここにいる。
 遊戯に何かあったとしか思えない!!
 「兄サマ!遊戯に何があったんだよ?!」
 なおも詰め寄るモクバに、海馬は動じない…。
 冷静に端末のキィを叩いている。
 「兄サマ!!!」
 激高しだすモクバを止める為に、仕方なく手を止め、今もなおも引っ張られている袖に眼をやる。
 「…落ち着け。」
 皺になるくらいに、固く握られた袖口にあるモクバの手をそっと外しながら、言い聞かせるように。
 「でもっ!」
 …余程、遊戯の事が心配なのか、モクバも泣きそうな目をしている。
 「大丈夫だ。手は打ってある。」
 泣きそうな眼が、自分を責めているようで…。
 深くため息をつくと、遊戯には聞こえないような小声で、伝える。
 「…これから遊戯の記憶後退を行う。それにモクバも立ち合ってもらうぞ。」
 海馬の言葉の深い意味を汲み取ったのか、直ぐに頷き、幾分か顔つきが凛々しくなった。
 「わかったよ兄サマ!」
 いつものエンジンが掛かったのか、今も落ち込んでいる遊戯に話しかける為か、ソファーへと赴いて行った。
 海馬は再び端末の操作をしながら、モクバと遊戯が会話をしている様子を垣間見る。
 遊戯も多少なりと、モクバとの会話で浮上しているようでは、ある。
 (見せ掛けかもしれないが…)
 強がりかも知れない。
 気張っているのかも知れない。
 たとえそれが嘘だとしても、泣いているよりはマシだと思いながら、海馬は今日中に課せられた仕事を進めてゆく。

 (…こういう時に、人は神に祈るのだろうか…?)

 自分は神になど祈った事は無い。
 ましてやそんなモノはどこにも存在しないと考えてる。
 でも今は…。
 出来るのなら、遊戯を憂いを…哀しみの総てを取り去ってやりたい。
 根本たる原因を見つけ出し、その傷を癒してやりたいと思う。
 …その過程が遊戯にどんな過酷な運命をもたらそうとも。
 最後には、遊戯が心から笑えるようになるのならば…。
 その為に自分がどんなリスクを負おうとも厭わない。
 今は、ただ静かに準備が整うのを待つだけだ。
 (…舞台は整った…。)
 ふと、手を止め、ソファーでゲームの話をしている二人を見る。
 (…もう直ぐだ。)
 もう直ぐ、原因がわかるのだ…。
 海馬は冷静になりながら、キィを打ち込みだす。
 己の心を落ち着かせる為に。
 その『時』が来るまで…。



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2004.5/31.22:00.pm
「白い心 9」

あぁ、やっと一部が終わりそうな予感!
次回が荒れそうです。頑張れ社長!頑張れモクバ君!頑張れ遊戯君!
もう一息だっ!(何が?)


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白い心 9