『社長…準備が整いました。』
 今日の仕事をなんとかこなして一段落している中、インターフォンで秘書が知らせてきた。
 「場所は?」
 『デュエルシステム・テストエリア、A区画のRADプロジェクトCルームです。』
 (…あそこならば、監視の手は入りようが無いな…。)
 誰にも知られたくない情報を処理したり、プログラムの初期段階での制作室ならば、確実に指紋や音声登録、角膜照合、等、あらかじめ必要なIDが無いと入れないようになっている。
 「ご苦労だった。待機している医者もそちらに向かわせろ。IDパスは臨時のものを渡しておけ。奴らが通れるようにはしてある。」
 『わかりました。他に何か御座いますか?』
 間髪をいれずに答える。
 「遊戯のIDパスを至急制作してくれ。センサー登録はこちらで済ませた。後は頼む。」
 『かしこまりました。』
 一気に話し終えて、一息ついた。
 (…行くか。)
 椅子からすっと立ちあがると、ソファーで楽しそうに話している二人に視線を向ける。
 そんな海馬に気付いたモクバが、問いかける。
 「兄サマ…?」
 モクバにも目をくれず、ドアに向かい歩いていきながら、海馬は話す。
 「…準備は整った。遊戯を連れてテストエリア、A区画のRADプロジェクトCルームへ行く。」
 唐突なのはいつもの事なので、モクバは馴れてはいるが、いまいち遊戯はなれていない…。
 「え?何?どこへ行くの?」
 不思議そうに海馬を見ながら遊戯はソファーに座っていると、「ほら、行くゼ!」とモクバに手を引っ張られながら、なすがまま海馬たちについていく。
 「…モクバ君、いまからどこへ行くの?」
 引っ張られながら、どこへ行くか全くわからない遊戯としては、不安である。
 先ほど海馬が『デュエル』がどうのこうのと言っているのが聞こえてきた。
 (もしかして。)
 海馬とデュエルでもしろと言うのだろうか?


 (…海馬君には悪いけれど、デュエルはしたくない…。)


 デュエルと言う言葉を聞いただけでも思い出す。
 アテムとの、あの『別れ』のデュエルを。
 今しばらくは、誰ともデュエルとしたくないのが本音だ。
 それが城之内との約束であったとしても…。
 「…い…やだ…。」
 前に進むごとに足が重くなり、気分も重たく、嫌なものになってくる。

 (嫌だ…)

 「遊戯…?」
 不意に足を止めた遊戯に、逆に引っ張られる形になったモクバは、遊戯の手を離した。
 「…どうしたんだ?」
 俯いたままの遊戯は、何も言わない…。
 不審に思ったモクバは遊戯に近づき、顔を覗き込んだ。
 遊戯は泣いてはいないが、顔色が悪い…。
 冷や汗は出ていないものの相当気分が悪いのか、固く目を閉じて、何か耐えているようだった。
 (…何か…変だ!)
 「待って!兄サマ!!!」
 前を歩く兄の背中に呼びかけて、足を止めさせる。
 「どうした。」
 弟の緊迫した声にこちらへ振り向き、海馬は急いでこちらへ戻ってきた。 
 「遊戯の様子が、なんだか変だよ!!」
 心配そうに遊戯を見ているモクバの傍らに、海馬も来て遊戯の頭上から話しかけた。
 「安心しろ。今のお前にデュエルは望んでいない…。」
 その海馬の言葉に、遊戯はハッとして海馬を見上げる。

 (…海馬君…どうして…?)

 どうして自分がデュエルしたくないと、彼にはわかったのだろう?
 以前の彼ならば他人のことなど、全くお構い無しだったのに…。


 「…ど…して?」


 震えた声で、自分に問い掛ける小さな存在は、今にも消えそうだ…。
 「…いいから、ついて来い。」
 不安そうに見上げるこの存在…。
 「海馬君…?」
 泣きそうな顔を見たくはない…。


 海馬は遊戯に背を向けると再び歩き出した。
 (…これ以上は、あの一件を聞いたりしないほうが良いだろうな。)
 精神的に弱っているものならば、何らかの拍子で自分を責めてしまう。
 (それが、己の責任で無いとしても…。)
 不可抗力で起きた事でも、自分のせいとして落ち込むだろう。
 やはり直接聞くには、無理がありそうだ。
 (…『記憶後退』か…。)
 確かめるには、確かにそれしかないだろう…。
 遊戯の仲間たちに聞こうにも、口を開いてはくれなさそうだし、余程の事だったのはこ遊戯の落ち込みようを見ればわかる。
 どのみち真相を知るには、無理にでも記憶後退して真実を知るしか無さそうだ…。
 それが吉と出るか、凶と出るか解らないが。






 社長室から出て暫く歩くと、白く大きな扉があった。
 その扉の隣には、申し訳程度にプレートのようなものが設置されている。
 その前で海馬は立ち止まり、プレートに手をそっとあてた。
 「…ここが、海馬コーポレーションの誇るセキュリティの一つ。」
 音も無く、海馬の前にある扉は左右に開かれた。
 「ここで指紋、音声照合、角膜照合、骨格の四重チェックされる。」
 こちらに振り向く事無く、説明しだした。
 「ここから先は各重要セクションと繋がっている為、管理システムに登録されていない者はここを通る事は出来ない様になっている。」
 そう言ってから、海馬は素早い操作でプレートを二・三回触れ、、さっさとその中に入ってしまった。
 海馬のいる扉の中は、アーチ型になっており真っ白に光っている。
 そして奥には白い大きな壁…。
 《お名前をどうぞ。》
 機械音なのだろうが、全くそれを感じさせないその声。
 「海馬瀬人だ。」
 海馬は臆する事無く答える。
 《どちらへお越しですか?》
 「デュエルシステムエリア、A区画RADプロジェクトCルーム」
 どういった仕組みで認識しているのかは解らないが、そこを通れば一斉に総てが照合されるのだと言う。
 最新のシステムを駆使した海馬コーポレーションのセキュリティシステム…。
 《…確認完了致しました。お通りください瀬人様。》
 そういうと同時に、海馬の目の前にある白い壁が、瞬時に上へと納まった。
 開かれた道を前に、海馬は足を止めて遊戯たちに振り向いた。
 「…来るがいい。」
 その言葉に反応するように、音声が流れる。
 《モクバ様、遊戯様、お通り下さい。》
 「心配しなくても、既に遊戯のデータもこのセキュリティにインプットされている。」
 大丈夫だと言われているのは解ってはいるけれど、どうしても、その白いブースに入るのに少し戸惑う。
 踏み出せない、そんな遊戯を見てモクバは笑いながら言った。
 「そんなに緊張しなくても、大丈夫だって!オレと兄サマが開発したセキュリティシステムなんだゼ!」
 モクバの声に後押しされて、おずおずとそのブースの内部へと入った。
 「…白い…。」
 踏み出したその空間は白一色…。
 前も後も、上も下も…。
 (…僕の、心の中みたい…)
 さっき見たあの夢の中のようだ。
 何も無い、あの空間と一緒…。
 「一緒だ。」
 俯いたまま、呟いた。
 ただ違うのは、海馬たちがいて、足元に陰があるくらいだろうか…。
 (僕はこれからどうすればいいんだろう…。)
 自分は、何を目標にしたら良いのだろうか?
 (…僕の目標は、君だったんだ。…もう一人の僕。)


 「行くぞ。」

 海馬は先を急いだ。
 その後を遊戯たちもついて行く。
 海馬の行く先に何があるのか解らないけれど、なんだかじっとしていたくは無かった。
 何があるのかは知らないけれど。

 (…もう一度、君に逢いたい…。)

 逢えるかどうかも解らないけれど。
 それでも、もう一度だけ…。
 遊戯は前を向いて歩き出した。
 その先に、何が待ちうけているのかも知らずに…。


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2004.6/8.22:11.pm
「白い心 10」

…もう少しかな…汗。次は区切りを付けれたらと考えてはいるけれど…。
もう、どうなるんでしょう…汗。


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白い心 10