暫く歩いて着いた先は、これまた重厚な鉄の扉…。
海馬がその扉の前に立つと、音も無く横にスライドして壁に吸い込まれた。
しかし、海馬は歩を中に進める事無く…。
「…遊戯。お前は今の現状から抜け出したいか…?」
遊戯に振り返えらずに問う。
ある意味この問いかけは、酷な選択させるようでは…とも考えた。
だがそんな生ぬるい事を言っていては、こいつはこのまま一歩も踏み出せない。
この先に広がる遊戯の…独りで、奴の存在抜きで立つ『人生』という己のロードに…。
(どのみち…ここで否と言っても俺の意思は変わらんが…。)
確認をしておきたかったのだ。
遊戯が自分で前に進み出そうとしているか、それとも、今なお過去に引き摺られているのか…。
(意思の持ち様によって、大半は決まる…。)
前者なら良し、後者なればこの先の道を少なからず拒むはず。
(…そうならば、俺が打ち砕いてやる。)
あえて、完膚なきまでに…。
そうすれば嫌でも前に進まざるを得なくなるだろう。
立ち直って欲しいからこそ出来る事。
茨の道へでも進めさせる覚悟は、自分の中に出来ている。
暫くの沈黙の後、背後にいる遊戯は、小さな声で言った。
「僕は…このままじゃ、嫌だ…。」
遊戯は、俯いたまま拳を強く握ると、背を向けたままの海馬に告げる。
「僕は今まで彼に頼り過ぎていたのかも知れない…。今でも、心のどこかで頼って…。」
海馬は静かに聞いている。
遊戯の、本音を…。
「でも、そんな事をアテムは望んでないと思う。…きっと前に進む事を、僕に望んでる。」
一呼吸置いて、続ける。
「僕は、彼に恥じたくない。…彼に恥じないように…彼の器として、恥じないように生きてゆきたい…。」
それが、残された自分に出来る、彼への…手向けの花束…。
「解った…。」
遊戯の言葉を聞いて、海馬は確信した。
(苦しんでいるのだな…。初めての『別れ』を…。)
「なればこの先、何があろうとも決して己に負けることは赦さん!己を信じ、己の足で先へ進め!」
遊戯の背中を後押しするように、強い語調で…。
「…奴もソレを強く望んでいる。…モクバ。渡してやれ。」
海馬の言葉にモクバが得意げに遊戯へと金の箱らしきものを手渡した…。
「ヘヘッ!これ、アイツから兄サマが預かってた物のなんだゼィ!」
「…アテム…が?」
手の中にある、見覚えのある、箱。
開けようとして、ふと手を止めた。
「この箱…僕の持ってたあの箱と違う…。」
よく見てみると、全く違う物だとよく分かる。
そして、何より重量感とサイズが微妙に違うのだ。
(この『箱』…僕のより小さくて…重い…。)
「あの…海馬君…。」
戸惑いながら海馬を見る。
「…来い、遊戯。」
金の小さな箱を胸に抱き、名前を呼ばれて先に歩く海馬に付いていく。
その先は暗く、なっていたが…。
「…?」
暗い中にほんりとライトが灯っている。
そしてその光の下には大きなソファー…。
(………?)
そして…。
「君が武藤君だね?このソファーへ座ってくれないかな?」
見知らぬ人がいた。
「…あの…?海馬君?」
海馬はソファーに辿りつくと遊戯に振りかえり、座るように示唆する。
「…?」
何がナンだか解らないまま、遊戯は取り合えずその指示に従いソファーに座った。
「じゃ、足もソファーの上に上げてもらっていかな?」
普通のおじさんが、なんでこんな所にいるのか不思議ではあった。
(…この人誰だろう…。)
取り合えずいう事を聞いて、横になった。
海馬もモクバも一緒にいるのだから、変な心配は無いとは思うが…。
「…じゃ、何も考えずに気持ちを楽にして下さい…。」
(…何するんだろ…?)
頭の上に片手を置かれて、優しく上下左右に振られる。
「これから、ゆっくりと…」
(…なんだろう。)
「瞼が閉じていきます」
(…とじる…?)
何も考えられない遊戯は、医者の言葉の成すがままだった。
遊戯の瞼がすぅっと閉じられる…。
それに合わせるかのように医者の手も、そっと離された。
眠ったような遊戯に海馬もモクバも唖然としている。
「…凄いゼ!」
(…エセでは無い様だな…。)
腕を組んだまま、様子をうかがう。
「それでは、これから僕の言うことを聞いているうちに、どんどんと記憶が鮮明になってきます。」
(…核心に迫るか。)
二人は固唾を飲んで、遊戯を見る。
「…あなたは、今エジプトにいます。…何が見えますか?」
(…エジプト…。)
遊戯はゆっくりと、小さな声で答える。
「…船が…。」
「船だけですか?他に人はいませんか?」
(…人…みんな…。)
「みんなと…イシズさんたち…が…」
(出迎えてくれたっけ…。)
「それでは、船に乗りましょう。…あなたは船の中で何をしていましたか?」
(…デッキ…独りで…。)
「…もう一人の僕との……闘いの儀…の…デッキを…独りで…」
遊戯の表情が、少し苦しそうなものに変わる。
「闘いの儀とはなんですか?」
(…『闘いの儀』…。)
「…もう一人の僕にデュエルで………安息を…」
遊戯の言葉に、海馬は不審に思った。
「…どういう事だ?」
もとから遊戯は独りではなかったのか?
だがこの口ぶりからするに、どうやら確実に遊戯は二人いたらしい。
そして、安息という言葉…。言いかえれば、死を意味する。
何故、そんな言葉を使う必要性があるのだろうか?
「…『もう一人の』とは誰の事だか聞いてみろ。」
海馬の質問を、医者は遊戯に問う。
「聞きますが、先ほどから貴方が言っている『もう一人の僕』とは、誰の事ですか?」
(…もう一人の僕…)
「……アテム…」
海馬は、誰だと?といった表情のまま、眠った状態の遊戯を見る。
「…彼は…僕の…千年パズルの中にいた…魂…」
モクバは辛そうに遊戯を見ている。
「…三千年前の…ファラオ…」
遊戯の表情が、だんだんと暗くなってゆく。
「…では、時は進んで、あなたは『闘いの儀』の最中です。…何が見えますか?」
(…っ…!)
「…僕の…ラストターン…。彼の前に…は…何も…。」
遊戯の表情は、暗く辛そうなまま…。
「それで、貴方はどうしましたか?」
質問に回答したくないのか、答えを躊躇っているようだ。
「…貴方はどうしたのですか?」
強い口調で、再度問いかける。
「…僕は…ダイレクトアタックで……」
遊戯の声は、震え…。
「…アテムのライフを…。」
目元には、涙が滲み出している。
「…僕が、もう一人の僕を…冥界に送った…。」
苦しそうに…己の犯した罪の重さを告白するかのように。
「…僕が…彼の存在を…」
モクバは固く目を瞑って下を向いたまま。
そんな弟の肩を支えてやる。
眠るまま涙を頬に落としながら、辛い告白をする遊戯に視線を向けながら…。
(辛いのは、お前だけではない…。みなが辛いのだ…。)
海馬がそう思っているこの時もなおも、遊戯の言葉は綴られる。
「…僕は…運命から…君を…守りたかった…」
(僕の魂は…いつも君と共に…同じ場所にいたかった)
涙を落として、何かに縋る様に手を上にむけ、ゆるゆると伸ばす。
「僕と一緒にいたいって…記憶が戻らなくても良いって…」
(あれは嘘だったの?)
それとも…。
「僕は…もう、いらない…?」
(君にとって、僕はどんな存在だった?)
「…君と一緒にいたかったよ…。」
(何があっても。)
「…やっと、完成させた僕の…」
(命よりも大事な宝物だったから…)
泣きながら己の胸の内を語る遊戯に、モクバは耐え切れないといった様子で兄にすがり付いた。
「兄サマ…」
泣くのを我慢して、瞳にいっぱいの涙を浮かべて…。
「…もう…。もう、遊戯を!兄サマ!!!」
悲しむ友は見たくない…。そう、モクバの瞳が言っている…。
その様子に、少し溜息をつくと医者に向かって言葉を投げかけた。
「…もういい。遊戯を休ませてやってくれ。」
医者は遊戯の顔の前に手を持ってきて勢い良く打ち合せた。
「わぁっ!!!」
その音に遊戯は驚いて目を覚ましたが、ぼんやりととしたまま目の前を見つめている。
「…遊戯。」
微動だにしない遊戯に声をかけると、遊戯は跳ね上がるように海馬に振り向いた。
「…ごめん!海馬君!僕、ねちゃって…」
遊戯が続きを言おうとしている上から、言葉をかぶせる。
今の事を、思い出さない様に。
もっとも、記憶後退している間しか思い出せないので、そんな事も無いかもしれないが・・。
「…今から、出かける。それにお前も同乗しろ。」
ギョッとした表情で海馬を見るが…。
「…それ、…今すぐなの?」
無言の海馬を見ると冗談を言っているようにも見えない。
それに追い討ちをかけるように、海馬は告げた。
「今すぐに、仕事でN県に行かねばならん。それにお前も連れていく。」
(無論、拒否しても…お前に選択の余地は無いがな。)
モクバも驚いたように兄を見る。
「兄サマ!もしかして…!!!」
いまもしがみ付いている弟の頭をそっとなでて。
「…そうだ。あの場所なら…。」
傷ついた遊戯の心を癒すのならば、あの場所がいいだろう。
緑も豊富にあり、景色も四季を通して美しい所。
心が落ち着く、あの静かな場所。
そして、自分の仕事をする環境としても、最適なあの場所へ…。
弟の肩をそっと離して、襟についているKCのバッチを押すと、磯野に指示をだす。
一通り指示を出し終えると、ドアへと足を向けた。
「…行くぞ。」
部屋を出て移行とする海馬に向けて、医者が海馬を呼んだ。
海馬はモクバたちに玄関口へ行くようにといって、先に二人を部屋から退出させた。
「海馬さん。彼は心に修復しにくい傷を負っています…くれぐれも、言動等にはご注意下さい…。きっと、今でも無理しているに違いありませんから…。」
でなきゃ、眠りながらながら泣いたりなんてしませんから、と付け足した。
その言葉に、海馬は少し目を伏せた。
「わかった…。後は磯野に頼んである。」
そう言うと、自分も急いで部屋を出ていこうとして、足を止める。
肩越しに医者へと振り向き、告げた。
「…ご苦労だった。」
それだけを言うと、足早に部屋を出ていってしまった。
部屋に残された医師は、ドアの向こうへと消えて行った背に向かって呟く。
「…貴方ならば、彼を救えると信じていますよ。」
どう転ぶか判らないけれど、彼ほどの強い意思を持っているならば…。
一人で心の中で泣いている彼を助け出せると…。
2004.7/1.20:35.pm
「白い心 11」
お待たせしまして申し訳ないです…汗。
今回色々あって、小説に手が付けられない日々があったので、日記以外の全ての更新が一時的にストップしてしまいました…汗。
今回は…なんとか区切りを付けれた…かな…???
それでも今回で、取り合えず1部完です。
とりあえず次は2部です。…頑張るッス!!!くたばらない程度に…泣。
今から2部にプレシャー…汗。
無い脳みそを総動員で働かせて、頑張って書きます!
その前に、この子たちに小休止いれてあげたいです…。
遊戯君を散々泣かしてしまったんで…汗。あぁ、海馬君にバーストストリームされそうです…泣。
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白い心 11