午後の日差しが少し強くなった頃。
 社長室の扉がノックされた。
 「…入れ…。」
 「失礼します。」
 磯野の言っていた医者だろう。
 挨拶も早々に、白衣を着た長身の男と、小柄な看護婦らしき人物が扉を開けて入ってきた。
 手に持っているのは、診察鞄だろうが、ソレにしては少し大きいような…。
 くだらない事を考えていると、医者が話しかてきた。
 「海馬さん。早速ですが、患者さんは…。」
 薬の力でまだ眠り続ける遊戯を、自分の腕の中からそっとソファーへと移動させる。
 「…ここだ。」
 今だ眠りつづける遊戯を、じっと見つめる…。
 (…遊戯…。)
 医者は長い白衣をなびかせ、ソファーまで来ると、遊戯の側で膝をつけて一通りの診察を始めだした。
 自分は医療関係は全くわからないので、少し離れたところから見ている事しか出来なかった。
 慌ただしく動く医者達を見ていると、ふと突然言われた。
 「海馬さん。…身体的には以上はありません。睡眠不足と貧血程度だと思われます。」
 「…そうか。」
 ソレぐらいは、自分で見ても何とか判る。
 でも、ヤツがそうなってしまったのは、ソレが理由ではない筈だ。
 「…他に原因は見当たらんのか?」
 海馬の言葉に、少し表情を曇らせた。
 「…やってみなければ解らないのですが…」
 はっきりしない物言いに、少し苛立つ。
 「なんだ、はっきり言え。」
 医者は海馬に視線を向けた。
 「磯野さんにお電話頂いた時、こう言われました。『精神科医を探している』と。…裏を返せば…」
 回りくどい言い方に、痺れが切れそうだ。
 「…貴様、何が言いたい。」
 「…彼の精神が、危うい状態にあるのですか?」
 「あぁ。だから貴様を呼んだのだ。原因を見つけ、そして解決しろ。」
 海馬は立っていた窓辺から、遊戯の側に歩み寄り、上から少し覗き込む。
 「…遊戯の…憂いを無くしてやってくれ。俺の力を持ってしても、こればかりはどうにもならんからな…。」
 眠る遊戯は、なんとも寂しそうで…。
 「…助けてやってくれ…。」
 自分の力では、ココまでしかしてやれないから…。
 「無いものがあれば言うが良い。こちらでなんでも用意してやる。…頼むぞ。」
 それを聞いた医者は、それでは…と、紙に何かを書き記し、海馬に手渡した。
 「これらを用意して下さい。」
 メモを受け取った海馬は渡されたメモを見て不思議に思った。
 「…なんだこれは…。」
 つらつらと書き記されたモノは、総て日用雑貨だった。
 「今から、使うんですよ。精神的に落ち着く様な環境を作り出した方が、精神的にも…彼の為にの良いんですよ。…それに、記憶が引き出されやすくなるんです。」
 「…記憶?そんなもの引き出してどうするつもりだ。」
 そんなモノは意味が無い。
 「…こうなってしまうには、原因があった筈です。その原因が、過去にあるのでは?」
 そう言えば、エジプトから帰ってきてから遊戯の態度がおかしかったと、真崎が言っていた事を思い出した。

 「解った。直ぐに用意させる」
 (フン…。こんなモノがな…。)
 海馬は自分のデスクの電話の内線を押すと、直ぐに秘書が出た。
 「社長、お呼びですか?」
 「用意してもらいたいものがある。今から言う物を早急に用意してくれ。」
 「かしこまりました。」
 紙に書いてある通りに伝えると「直ちにご用意致します。」と言って、内線が切れた。


 「…手筈は整った。後は何が必要だ?」
 医者に振り返りそう告げると、何も…という答えが返ってきた。
 「あとは、彼が覚醒するのを待ちましょう。」
 今まで出していた医療器具を鞄の中へ仕舞い込みながら、短く海馬に話しかける。
 「…眠ったままでは記憶の後退は出来ませんからね…。」
 医者はそっと眠ったままの遊戯を覗き込む。
 まだ深い眠りにいるのか、起きる気配は無さそうだ…。
 (…深い傷でも負っている様ですね…。)
 幼い頬に、痛々しい涙の後…。
 それを覆う様にまた新しい涙が流れて…。
 余程の事があったのだろう。
 眠りながらも泣いているのだから。
 「…原因は突きとめたとしても、その後は貴方たちにかかっていますから、その事を御忘れなく…。」
 遊戯の寝顔を見つめながら、強く頷く。
 「…あぁ。」
 (…何があっても。)
 総てではなくても、自分が引きうけるつもりでいるから。
 「では、準備が整うまで、待たせて頂きます。」
 そう言うと、いったん医者達はこの部屋から下がって行った…。
 何が始まるのかさっぱり解らないが、なにはともあれ遊戯の無気力の原因が、これでわかるのだ。
 「……。」
 心に一抹の不安が付きまとう。
 何がと言う訳ではないが、漠然とした、この不安…。
 デスクにおいてあった、照明用のリモコンを手に取ると、窓辺に近寄り、そっとも背を凭せ掛けた。
 手に持っていたリモコンで、自分の凭れている窓硝子のみをクリアにすると、まだ外は明るい日差し…。
 肩越しに窓の外を見れば、いつもと変わらない青い空と林立するビルの群れ。
 (…やるしかないな…。)
 己の決心を固めながら、海馬は窓の外を眺めていた…。



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2004.5/19.15:20.pm
「白い心 8」

医者やっとでました。もう、どうなるんでしょうか…汗。


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白い心 8