Pink blossom ~Y,side~ 1
ソレは突然にやってきた。
夕飯を食べ終えた僕達は、リビングでのんびりと食後の時間を過ごしていた頃だった。
電話の電子音が、廊下から部屋中へと響き渡る。
ママがキチンから大声で話しかけてきた。
「ねぇ、遊戯たち〜!ママ、ちょっと手が離せないの〜電話が鳴ってるみたいだから出てくれないかしら〜?」
洗物をしている最中なのか、水音が聞こえている。
二人してテレビを見ている最中だった。
アテムはテレビに食い入るように夢中になって見ている。
(今日、君の好きなK-1だもんね・・・。)
彼は格闘技が好きなようだけど、僕は余り好きじゃないんだ。
だって、ようは「喧嘩」してるのと同じだし…。
あまり殴るだの殴られるだのという事が好きじゃない僕は、熱中している彼をそのままに、
「僕が出るよ。」
そういって廊下に出ていった。
廊下の端から聞こえてくる電子音は早く出ろといわんばかりに鳴り響いていた。
急いで受話器を取り上げる。
「はい、武藤です…。」
無言…。
(悪戯電話かな…?)
「もしもし、武藤ですけど…」
『オレだ…。』
電話の主は良く知った人物の声で…。
(でも、なんでこんな時間に…?)
「じゃぁ、アテムに変わるよ、待ってて…」
『いや、今日はあいつに用はない。』
いつも開口一番に『アテムを出せ』って言ってたから、てっきり今日もそうだと思ってた。
「どうしたの?海馬君…。」
『…遊戯。…オマエに、見せたいモノがある。』
「…僕?」
『今ヒマなのか?』
確かに「ヒマか?」と言われれば「ヒマ」なのだが…。
一体、突然に何なのだろう…。
『どうした?ヒマなのかどうなのかはっきりしろ。』
苛立つ声が受話器から聞こえてくる。
忙しい海馬君から電話だなんて滅多にない事だから、少し困惑していて。
でも…、「僕に」って事が嬉しくて…。
少し、信じられなくて…。
嘘じゃ、ないよね…?
『…忙しいようなら、又、後日にでもするが…。』
海馬君の、少し落胆した声が聞こえた…。
(海馬君も、少しは僕の事気にしててくれたのかな…?)
それだと、ちょっと嬉しいかな!
「ううん、大丈夫だよ!!今、夕飯食べ終わってゆっくりしてた所なんだ。」
『…そうか。』
ホッとした声が聞こえてきた。
『じゃぁ今から迎えをやるから、ソレに乗れ。待っている。』
「・・・・って、えぇぇ!!!!海馬君!!!!」
僕の返事も聞かずに、電話の主は既に回線を切っていた。
おもわず受話器に語り掛ける。
「海馬く〜ん…。」
(あいかわらず、僕の意見はどうでも良いわけなんだね?キミは…。)
いつもながら、彼は強引であった。
はぁ、とため息をつきながら受話器を元に戻すと、背後から声がかかった。
「今から出かけるのか?遊戯。」
その声にものすごく驚いて、振り向くと背後にアテムが立っていた。
腕を組みながら、目つきは鋭くて…。
目じりがつり上がっていて僕を睨んでいる。
いつも怒っている時に見せる、この表情…。
この表情から察するに、彼はこの電話の相手を知っているという事になる。
(アテムは海馬君の名前を聞くと、凄く機嫌が悪くなるんだよね…。)
僕は、少し困ったように笑いながらうなずいた。
「うん…。迎えをやるからそれに乗れって…。」
その言葉を聞いた瞬間に、アテムの目が一層鋭くなった。
きつい口調で話しかけてくる。
「海馬は他に何か言ってなかったか?」
探りを入れてくるようなその視線に、僕は金縛りのようになって動けなくなってしまう。
「な…なに…も…。」
暫く考えて、アテムが言った。
「オレも一緒にいくゼ!!!海馬は何も言ってなかったんだろ?」
「う・うん…。」
「じゃぁ、早く支度しようぜ。あいつ、早くしないと結構ウルサイんだゼ?」
そう言って少し意地悪そうな笑顔をして言った。
五分程度で急いで支度を終えた僕達は、玄関口で迎えの車が来るのを待っていた。
春になったとは言えど、夜は少し冷えるので、仕方なくダッフルコートを着て…。
吐く息はもう白くはならないから、大丈夫だという僕の言葉に、アテムが怒ったのだ。
『風邪がやっと治ったんだから、まだ暖かい格好をしてった方が良い!!ぶり返したら俺が母さんに怒られる!!!』
(本当はスプリングコートだけでも、僕は良かったんだけどな…。)
…でも…。
「なんだか久しぶりだね…。」
僕の言うことの意味がわからないようで、アテムは不思議そうに僕を覗き込む。
「…なにがだ…?」
僕はフフと笑って言葉を続けた。
「二人で海馬君の家に行く事だよ!…今までずっと君だけだったから…。」
海馬君と、君…。
本当は羨ましくて仕方がなかった。
だって、電話がかかってくると、必ず『アテムを出せ!』なんだよね…。
(今日は僕に用事って、何だろう…。)
僕相手にデュエルするわけでもないだろうし。
僕、アテムや海馬君のようにデュエルはそんなに強くはないから…。
あ!でも!!城之内君よりは強いんだから!!!
僕がそんなことを考えているウチに、アテムがポソリと呟いた。
「『見せたいものがある』か…。」
アテムはそう言ったまま、右手の親指を下唇にあてがって考えこんでいた。
なんだか探偵さんみたいだ。
僕の好きなシャーロック・ホームズみたいでかっこいいな…。
どのみち僕がそんなポーズを取った所で、彼みたいにかっこ良くはないけど。
「何考えこんでるのさ?」
「・・・・・海馬の狂言を。」
「『狂言』って?」
桧舞台でやるあの『狂言』のことかな?
どういう意味の『狂言』なのか、僕にはさっぱり判らない。
あれかなーこれかなー?と考えていたら、アテムにはそれがわかったらしく、軽く言われた。
「お前の考えてるのは、多分『能狂言』だろ?」
「なんでわかったの!?」
「…そんなの顔見りゃ判る。」
(・・・・・凄い!!!!)
「あ、今『凄い』とか考えてるだろ。」
「君、エスパーになれるよ!!!」
僕が嬉々として言うと、呆れたように
「お前は顔に出やすいんだ。
だからデュエルでも一緒。
次あのカード出す時嬉しそうな顔するなぁーとか…な。
もともと、嘘つくことが出来ないんだよな。遊戯は。
オレに隠し事してる時なんて、もう丸わかり。」
くすくすと楽しそうに笑いながらそう語る君に抗議する。
「だって、仕方ないじゃないか!!
デュエルしてる時の君、目が怖いんだし…。
なんか『白状しろー!!』って言われてるみたいで。」
(ゲームは皆と楽しむものなのに…)
挑んでくるような、心を探られるような、そんな怖い『瞳』。
海馬君と君がデュエルするようになってからかな。
たまに君を怖く感じるんだ。
君の、その『瞳』を。
以前は、そんな事なかったのにね。
「来たぜ、遊戯!」
黒塗りのリムジンが我が家の玄関口に停まり、車の後部座席側のドアが勝手に開いた。
「武藤遊戯様ですね?」
中から運転手さんの声が聞こえてきた。
「はいそうです。」
「海馬様からお連れするように申し付けられましたので、お車にお乗り下さいませ。」
その声に従うように僕が車へ乗り込むと、続いてアテムも乗り込んできた。
すると、運転手さんが不思議そうに、僕達へと尋ねてきた。
「今日は確か…遊戯様のみとお伺いしていたのですが…?アテム様もと言う事は、デュエルでもなさるのですか?」
そう問われて、アテムはクスッと不適な笑みを見せた。
「いいや。今日は遊戯の『お目付け役』だよ。
こいつ風邪引いてて、つい最近まで寝込んでたんだ。
まだ治ってないから、俺の一存で付いて来た。
夜出かけて、またぶりかえしたらオレが母さんに殺されるゼ。
…それに。
俺の大事な相棒が倒れでもしたら心配だしな…。」
言った後で、僕に向かってふわりと笑って見せてくれた。
優しい僕の大好きな笑顔…。
心なしか、気持ちが落ち着いてくる。
「そうですか。それでは、出発致します。」
運転手さんはそう言って、にこやかに笑いながら車を静かに走らせ始めた。
景色が緩やかに移り変わる中、僕は考えていた。
(『見せたいものがある』って、一体なんだろう?)
車は夜の童実野町を駆け抜ける。
────僕の不安を乗せて…。
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2004.4/11/9:35.a.m
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