自動販売機ノススメ
旅という行為は率直に言うと、「毎日が非常事態なのではないか」、と思うほど様々なことがやってくる。ツアー、個人旅行を問わず未体験ゾーンへいく場合誰しも多かれ少なかれそれを体験することになる。楽しいことはもちろんであるが楽しくない事も後から考えると「よき思い出」として忘れがたい経験になると思う。たとえそれが日常の些細な出来事だとしても毎日がドラマチックになり、それが「旅」という行為の醍醐味なのである。話が一般論的になってしまったが今回は自動販売機について考察をしていきたい。
自動販売機、これは日本人にとって気軽でなじみのある機械である。統計的なデータによると2005年現在日本には国民23,1人に1台の割合で存在し世界で一番台数が多いそうである。その種類も多種多様でジュースはもちろんタバコ、酒類、変わった物では卵や電池、その他怪しげな物なども販売されていて「自販機天国」と呼んでも過言ではない。下手をすると数メートルおきに並んでいたりして、「採算が取れるのだろうか?」、などとこちらが心配してしまうほどひしめき合っているが、稼動しているということは採算も取れているに違いない。またドライブに出ると人気のいない荒野のような場所に突然「居座っている」ように存在している場合もあるが、これは治安の良い日本だから出来るワザである。ほかの国ではおそらく夜中にごっそり盗難に会ったり高い維持費で採算が取れないかもしれない。砂漠のど真ん中に聳え立ってるとありがたいが誰も買いにこない気もする。わざわざ機械を設置するよりは直接販売したほうが手っ取り早く、買い手としてもコインを用意したりと面倒くさい。このことからも自動販売機に関しては今後も日本が世界のトップを君臨していく気がする。海外に出ると、「日本人は器用」、とか「物を作るのが大好きな人種」などと言われたりしたこともあるが、このように考えていくと納得してしまう。機械的な物や「ロボ」っぽい物が好きな人が多いのは事実なのかもしれない。
少し話がそれてしまったが、要するに海外で自動販売機に遭遇することは珍しい事なのである。空港や都心では見ることもあるがはっきり言って普通の街で日本並みに設置してある所を私は見たことがない。私は日本ではめったに自販機を使わないが海外で見つけてしまうとついうれしくなって使ってみたくなってしまい飲みたくもないのにコインを入れてしまう理由はそこにあるのだが、ただの馬鹿なのかもしれない。
このような事情は(ただの馬鹿なのかもしれない、は除く)ロシアにも当てはまり、自動販売機などというものはなかなかお目にかかれなかった。のどが渇いたら街角にあるキオスクのようなところで買えばおおむね安く買うことができるので自販機などなくても特に問題ないからだと思われる。キオスクや売店での正しいジュースの買い方としては、ショーケースに陳列してあるジュースからほしい物を選びキオスクのおっさん(おばさん)にお金を払う。ただし日本と違ってショーケースには鍵がかかっており、お金を払ってから遠隔操作で初めて鍵が開くようになっているシステムが日本とは大きく異なる部分である。しかもロシア語しか通じないので慣れないとかなり困難なうえ無愛想な店員だったときはかなり滅入ってしまうという欠点もあるので購入時には店を(店員を)慎重に吟味する必要がある。
ロシアにも少し慣れてきたとある日のこと、私と今回一緒に旅立ったY隊員でデパートをうろうろしていたら突然自動販売機に出会ってしまった。その近くに机とイスがおいてあり、どうやらここで買ったジュースを飲む場所らしくなかなかVIP待遇な自販機である。ちょっと疲れていたで我々一向はザックを置いて座り改めてその自販機を見た。なぜか自由の女神とピサの斜塔が描かれた怪しげな「それ」は韓国製のものらしく、缶に書かれた文字もハングルだったのでちょっとがっかりしてしまったが機械の文字を見るとロシア語でしか表記がない。しかも缶のサンプルに比べてやたらボタンがついていて日本の物とは全く様子が違っていた。所が変われば品も変わるようで、これが大陸的な自動販売機なのかも知れない。しばらくこの自販機を眺めていたら向こうの子供がお母さんらしき人とジュースを買いにやって来た。「きゃっきゃっ」と言いながらお母さんからコインをもらい、缶ジュースを買って去っていったが、これを見た後Y隊員がジュースを買う決意をしたらしく自販機の前に立った。ボタンの下に値段が書いてあるがロシア語から推測すると缶ジュースは13ルーブル(約50円)らしい。ちょっと高い。その下には10ルーブルの表記があったがサンプルがないので正体不明のボタンである。いろいろ考えた挙句Y隊員は果敢にも10ルーブルのボタンを押した。その瞬間紙コップが出てきてなぜか5ルーブル(約20円)お釣りが返ってきた。Y隊員は「ラッキー」とかなんとか言っていたが機械は「ガガガ」、とか「ウィーン」とか音を立ててから数秒後静かになった。音が鳴り止んでから数秒後に取り出してみると、なんとただのお湯が紙コップに並々と注がれていた。我々はハニワ顔になりながらもこのお湯の処遇について考え込んでしまったが、Y隊員が、「もう一回このボタンを押せばきっとコーヒーの粉が出てくるに違いない」、と自信たっぷりに主張した。「いや、まさか・・・」と、私は反論したがY隊員はコップをセットして5ルーブルを機械に投入して同じボタンを押した。それから先はというと・・・、機械は同じ音を立てて紙コップがお湯の入ったコップの上に落ちてきて再びお湯を注ぎはじめていた。「げっ!!」とY隊員は叫んでいたがもうどうすることも出来ずお湯が注がれていく様子を呆然と見ていた。文字通りあふれんばかり、いやあふれてしまい二重になった紙コップを取り出したY隊員と目が合った瞬間私は、「ぷっ」と噴出してしまい、そこから20秒くらい自販機をたたきながら腹がよじれる程笑ってしまった。Y隊員には申し訳ないがこんなに笑ったのも久しぶりである。ひとしきり笑ってから、「お前はどうするんだ?」と、聞かれ、「じゃあ冒険するよ」、と言って10ルーブルを入れてその近くのボタンを押したらごく普通にコーヒーが出来上がって注がれていた。飲んでみると意外にもおいしかったので、気の毒そうにY隊員にコーヒーを勧めてみたら、「いらん」といって苦々しい表情でお湯をすすっていた・・・。
たかが自販機といえども海外に出ると侮れないものがある。なんでもない旅をちょっとドラマチックに演出してみたいあなたには自動販売機を使用してみることをお勧めする。きっとドラマチックな展開があなたを待ち受けること請け合いである。ちなみにコインを入れるとポーカーが出来る謎の「自動カジノ」を街で発見したがさすがに恐ろしく挑戦をあきらめてしまった。今思えばやっておけばよかったのかもしれない。