☆ ちだっちとビール



   海外へ旅に出る時はたいてい私は独りぼっちである。いっっしょに行ってくれる人がいない、という理由もあるがやはり男の旅は独り旅が基本である。そんな「男」の心の友となる物といえばずばり酒ではないかと思う。なぜ酒なのか?、と問われると筋の通った返答には困るが、高校時代や大学の時分に読み漁った本による影響が大きいと思われる。野田知佑、景山民雄、沢木耕太郎、と数えればきりがないが、このお方達が旅とお酒にまつわる話が私にとってこの上なく面白く、また憧れの旅のスタイルとなった。こうして世間一般の「観光」からは一歩引いたところにある裏の世界、バックパッカー的要素の代名詞として私は「酒」を意識するようになった。今思うとその憧れがヘロインやコカインといった麻薬ではなくてよかったと思う。
    では具体的に何を飲むのか?という話になってくるのだが、私の場合はビールをよく飲んでいる。もちろんその地域にしかない地酒もたくさんある。私もそれを飲むことが出来る機会があれば出来るだけ飲むようにもしている。ただ世界中に広く普及して素人でも気軽に手を出すことができ、しかも高くないものということを考えると、ついビールに手を伸ばしてしまう。今までに旅先で飲んできたビールは当然星の数ほどあって順位はつけがたいがここでは味とともにその地での出来事も合わせて吟味をしてみた。

    ここでの第一位ではフィリピンのサンミゲルである。かなり薄味でバドワイザーに」近い雰囲気のビールだ。値段は日本円にして20円くらいで生ぬるく、なんともいえない味であった。このときはちょうど現金1万円を盗まれた上警察で証明書を書いた時に賄賂まで請求されまさに身も心も寒々していた、そんな時だ。マニラはもう嫌になって一刻でも早く違うところへ行きたくなり長距離バス乗り場へ向かう途中にふとコンビニに立ち寄ったときにこのビールを発見したのだ。「飲まないとやっとれん」、ふとそんな考えが頭をよぎり次の瞬間にはレジに向かっていた。ほろ苦い教訓の味がした。ただ、今思うとこのビールを飲んでからは旅の風向きがガラッと変化していき涙が出るほどの親切を受けることになったので私の中では味わい深い物となっている。人生の転機というものもこのような感じで何気なく進むものなのかもしれない。
    
    二番目としてヴェトナム製ビールをあげている。ということは333のことかな?、と考える方も見えるかもしれないが、今回は私も銘柄が分からないのである。というのはその店の自家製ビールだったからだ。よく分からない店で2リッター80円という安さに魅かれて飲んでみた。これもどことなく薄味で鉄がさびたような臭いを放っていた、気がする。そんなビールとベトナム風焼きうどんを頼み、闇が足を忍ばせてやってくるたそがれのひと時を過ごしていた。今思うと、このビールも怪しい代物で後にタイで病院に行くきっかけを作った原因の一つだったのかもしれない。

    三番目はカナダのコカニー。薄味でなんてことはないビールなのだが氷河の水を使っているらしい。ジャスパーで、バンフで、飛行機で、といろいろなところでよく飲んでいた気がする。ジャスパーでは毎日自転車で20キロは動き回っていたのでその日の夜に飲み屋で飲むビールがまたおいしかった。すきっ腹だけどかまわずにどんどん飲んでいたが、それがまた心地よい。キャロラインというお姉さんが毎日持ってきてくれた。バンフでも台湾で知り合ったMさんと再会したときはこのビールで乾杯したものである。

    四番目には台湾ビールを取り上げておいた。これも薄味でこれといった特徴もないといえばない。これをはじめて飲んだのは台北にある「ホタル学生宿舎」というホステルの中でだった。このホステルの詳しい内容は旅日記えお参考にしてもらえばよいと思うが、ここのおかあさん(本人が自分でそういっている)がまた強引な人であった。チェックインそうそう、「汚いからシャワー浴びて来い」、といわれ、そのときにかってきておいた台湾ビールも抜きと取られて冷やしておいてくれた。確かにシャワーからでてすぐに飲んだビールはおいしかったが、「なんで命令されんといかんのだあ」という思いも少しだけあった。5番目はタイのビアチャン。緑色で象のイラストが描いてあるおしゃれな缶を身にまとっている。シンハービールほどではないがなかなか濃厚な味わいである。あと何時間で空港に戻らないといけない、というときに少年がソーセージの屋台を引っ張って歩いてのをみて無性に食べたくなり、じゃあついでにビールも、ということで買ったものだ。暑いところでこのよく冷えた濃厚な液体は体に染み渡るようであった。ホアランポーン駅という日本で言えば東京駅に相当する駅のまん前に腰掛けて食べていたから通りすがりに人もちょっと奇妙な視線を投げかけてきたがそれはそれとしてとてもおいしかっという思いがある。

    人にはそれぞれに思い出を持っており、ふとしたきっかけでそれを思い出すことがある。それが音楽だったりテレビの一場面であるかもしれない。私もこのようなきっかけは数限りなく持ち合わせているが、その一つとしてここではビールが一役を買っているのである。ただ、旅先で酒を飲むという行為は憧れのスタイルなので今後も続けていくとは思う。「思い出は酒が教えてくれる」、なんてかっこいい台詞を吐くことができるような人生にしていきたいものである。


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