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長男の薦めで、三人の
子供達と高野山に詣でた。
次男・長女も一緒の
みんなそろっての旅は、
もう、ずいぶん前に無くなった。
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しかし、長男の呼びかけで、
昔子供達が小さかった頃のように、
子供達と皆で揃っての旅。
今回は子供達からのお誘いだった。
さて、我々夫婦を招待した場所・・
そこは、高野山だった。
早朝の出発だった。麓について、
未だ尚明けず薄暗かった。 |
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途中、トイレ休憩。喉も渇いた。
紅葉が美しかった。
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先ず、荒神さんに着いた。
写真は売店前の駐車場。
一寸標高が高いせいか肌寒かった。
茶髪は、焼鳥屋「万丸」経営の次男。
妻は、『寒いから、これも着なさい!』と、母親をしている。
次男坊。父親の反対を押し切って、辻調理師学校に進んだ。
卒業後、大阪の「吉兆」で修行。その後 東京の飲食店に勤務し、愛知県岡崎市のお店でも修行。
そして後、自分の店を持った。
客の評判がよいので、安心している。 |
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上からの展望はすばらしい! |
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「ようおまいり!」との呼びかけがとても心地よい。
ここで皆一礼して、中に入った。
そして、左を望むと
上の写真のような展望となる。
右手の建物は、食堂であった。
「帰りにここで食べてゆこう」と、話し合った。 |
古いお札を納めるところ。
この後ろにお祓いの場所がある。 |
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ここが荒神社。本殿。
何段も階段を上って辿り着いた。
ちらほらと、参拝者もいる。
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この本殿の前に獅子が居た。
獅子の表情は、いずこもそれぞれに違って面白い。
祖父が、村の氏神様の下宮に、獅子を寄贈したという経緯も有ってか、私は、獅子に興味がある。
どれも険しい凛とした顔!!
そう言えば、好きな仏像は、あの険しい顔つきの牙をむきだした「不動明王」だ。
生来、意志が弱く、煩悩多き凡夫の小生が憧れるのも、きっと、理解いただけよう。 |
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長男と次男。皆、家を出て結婚後マンション暮らし。
しばらくは、同じマンションの二階に次男、三階に長男夫婦が住んでいた。 |
この社殿の下にきれいな丸い玉砂利が敷かれていた。
「3つなの?」と、妻。
「そうだ。」と、小生。
三つ頂いてきた。
ポケットの内に入れて暖めながら家に帰った。
子供は、授かった。
我々夫婦が作ったモノで、しかし、創ったんではない。
選んだわけでもない。
これも、一つの「出会い」。
三つの石は、私が選んで来た。 |
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娘が撮ってくれた。
娘は、目下、老人ホームに勤務。
関連の大学を卒業して、運良く家から30分ほどの処に通勤。
夜も遅くまで勤務もあったり、
呆けた老人に叩かれることもあったという。
施設に預けられて、そのまま家族の訪問のないまま、毎日のように息子を待ち続ける老婆(母親)が居る。
玄関に待ち続け、訪れるヒトに「○△は、まだこないかねぇ?」と、息子と想われる名前を訪ね続ける。
老人を預ける家族にも、いろいろと在るようだ。
『家庭の事情』とやらが・・。
因みに、妻の両親はもう居ない。
家族達の前で、実に静かに逝った。
小生には、母親が居る。妻が呆け始めた母親の世話をしている。 |
この黒い石がその三つ。
個性的で面白い。
自然の造形。
子供は、一心に育てた。 ・・つもり。
しかし、ふり返れば、子供に育てられた。
『親が居っても 子は育つ。』・・・か?
「子は育てるモノではなく、育つモノ。」・・・かな??
・・・・。
いやはや。頼りない父親である。 |
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さて、荒神様。
本殿までの登坂はこのように鳥居が立ち並ぶ。
つづれ折りになって、設えてある。
息が切れる。
それでも、行き交うひととどちらとも無く声を掛け合う。
「ようおまいり!」と、・・地元の人か?!
帰りに、ふり返って撮影した。
さて、降りたところに、
お祓いのための拝殿がある。
ここで、「家内安全」とか「健康祈願」等と書いて、祈願する。
一件につき何某かの金額が定められている。
息子達は熱心に、記帳しお祓いをお願いした。
小生も「『何がいくら』なんて、気に入らぬ」と、言いつつお付き合いした。 |
お祓いの直ぐ下に、食堂が有った。
そうだ、長男は大学卒業後、名の知れた不動産業企業に就職した。
随分と高給を取って機嫌も良かったが、転勤等を考慮して退職。
老後、我々のそばに居て面倒を見ようと言う意志があるようである。
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さて、 高野山 |
2009.8.26 再訪 |
実のところ、我々は、老後、子供に頼ろうとは思わない。
しかし、随分と苦心して、遠回りをして、我々の近くに住まいできる職を決めた。
安田火災系の保険屋をしている。
Gold Badge を得て独立した。
この長男の発案による旅である。 |
女人高野を過ぎて、しばらく走ると、しばらくしてここが高野山。
知人で恩人の坊様のお陰で裏口から、参拝させて頂いた。
裏から参拝させて頂くのは初めてだ。
しかし、びっくりした。
本当にびっくりだった。
この景色!!
「まったくこの景色!!」
以前、二度三度と、同じ景色を、夢で見ていたのだ!!
夢は、”卒業した教え子達の同級会か、時刻に遅れてやっと辿り着く”と、言うモノだった。 |
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裏から入らぬと見ることのできぬ、
そのときの光景がいつもこの景色。
ここだったのだ。
思わず驚嘆の声を出してしまった。
”正夢まさゆめ”であった。
裏木戸をくぐって入ると、清水が流れる
小川がある。
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沢山の仏像が並んでいる。
順番に柄杓で水をかけながら、
小声で「般若心経」を
何度も繰り返しながら進んだ。
『夢に出て、何度も呼んで下さった。』
そう思いながら、「般若心経」を
繰り返しながら進んだ。 |
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長女、
良い人と巡り会った様子である。
親父は、複雑な心境。
長男・次男に大事な娘さんを
頂いておきながら・・・、
自分の娘は
側に置いておきたいのだ。
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次男、荒神様では
何種類もの商いの酒を持参して
ご祈祷もしていただいた。
ここ高野山では、
特にこの場所で熱心に拝んでいた。
長男に次いで、
この次男も得度をした。
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清流の川の向こうは側には、
不動明王の石仏。
清流にはニジマスとアマゴが
泳いでいる。
やがて石橋を渡ると、空海の本廟が
階段の上にある。
そこまでの道中杉の巨木がそびえて
荘厳な気分になる。
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今回、高野山に
直接裏路から入ったので、
今までとはまったく違った印象を得た。
多くの民間人達の、
競い合うように立てられた
数多くの墓石を見ないで、
空海の本廟に
辿り着いたからである。 |
そう言えば、高野山の参道の
スギゴケがたまらなく可愛かった。
地味な小さな花を付けていたっけ・・・。
長男は、2002年得度した。
相次いで、次男も得度。
子供達は、三人とも神仏への
畏敬の念を持っている。
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2009.8.26 |
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その後、知人で恩人の坊様と
ご縁の深い寺に詣でた。
そこは龍泉院であった。
ここもまた、癒しの場所であった。
何せ、子供達と一緒で・・、
まるで、若い頃の
あの昔に返ったようだった。 |
最後に寄った寺の僧が、
家族全員の写真を撮ってくださった。
感謝。感謝。
この日は、何十回・・・・、般若心経を
胸中で唱えたことだろうか??
ここの雰囲気と子供達に感謝しながら・・。
思い出の、「親子の高野山詣で」であった。
もう、あれから2年目になる。
しかし、記念すべき日であった。
空海と曼陀羅密教について、
興味が在ったから、尚更だ。 |
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龍泉院には、可愛い地蔵があった。
娘に請われて写真を撮った。
そう言えば、娘もいずれ嫁にやらなくっちゃぁ。 |
帰り道、
山内泰泉導師('09.7.6没)のご案内を頂いて、
期せずして高野山の裏道から入って、
そのお陰で、
かねて夢に見ていた光景を、肉眼で確かめることができた。
正夢であったことに不思議な
ご縁を感じながら帰った。
ご縁を授けてくれた子どもたちに感謝しながら帰った。 |
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