Under the sky.-night-

 海馬コーポレーション本社から出てきたアテムは、成し得た事の開放感から、暗い夜空へと大きく伸びをした。
 夜の闇に馴れてきた視界でまわりを見渡すと、雲間から覗く朧月の光で、街がほんのりと照らし出されている。


 「──すっかり遅くなったな…。」


 明日は日曜日とあって、ソフトの製作が最終段階に入ったのを良い事に、海馬にここぞとばかりにこき使われていたのだった。

 何にかと言えば…。


 「ソフトのモニターも午後1時から9時間ぶっとおしじゃな…。」


 ゲームのセンスを海馬にかわれて、以前からちょくちょくとモニターに借り出されているのだった。
 当初はゲームのみのモニターだったのだが、現在は才能をかわれ、ゲームのみならず、色んな分野の開発に呼び出されているのだった。

 モニターするのは良いのだが、その都度モニターの現場に海馬自身もいるので、毎回の如く意見交換は時間が経つのも忘れて、次第に白熱して行ってしまうのだった。
 最初のうちは、海馬のバイタリティーとタフさ加減には自分もついて行けるとは思っていたのだが、仕事となると更に最大ゲージが上回ってしまうらしい。
 そして毎回の如く、今日も最終的にはKCのソフト開発スタッフもねを上げてしまっていた。
 思わず自分もそれにつられて、ねを上げてしまいそうになったのだが、ぐっと押さえ、なんとかその場をやり過ごしたのだった。


 「きっと、あいつの辞書には精神の限界なんて言葉は無いに違いないな…。」


 作業をしている間は、全く休憩をはさんでくれないので、つきあっているこちらの身が持たない。
 というか、全然周りが見えていないのだろう。
 時間さえも忘れる程…。


 「…ホント、アイツの部下になるのだけは遠慮被りたいな…。」


 溜息をつきながら、右腕の腕時計を見ると、もう、午後9時を指していた。


 「…やばい。相棒が寝ちまう…。オレが帰って、十分に抱きしめるまでは起きててもらわないとな!」


 それに、遊戯を学校に置いてきてしまったのだ。
 必ず登下校は一緒だったのだが、学校ですら海馬に逢わせるのさえ嫌なのに、放課後も逢わせるなど赦せなかったので、学校に置いて行くしかなかったのだ。

 さて、帰るか!と、アテムが呟いたその時。
 制服であるジャケットの内ポケットに入っていた携帯電話が鳴り出した。
 急いで取りし、通話ボタンを押して電話に出ると、自宅にいる母の声が聞こえてくる。


 「もしもし…?」


 アテムの帰りが遅いので電話をかけてきたようだった。
 …が。


 「…遊戯?…いや、一緒じゃないけど…。もう、家に帰って…」


 今日の遊戯の放課後の予定は、生徒会の用事や委員会の用事も、何も無い筈…。
 城之内あたりと遊びに行っていると考えたが、母から聞いた言葉に胸の中が一瞬凍った。


 「…な……」


 あって欲しく無いビジョンが、脳裏に浮かぶ…。
 信じたく無い。
 母からの、その言葉を…。


 「───うそ…だ…ろ?!」


 狼狽を隠せないまま、母の言葉を信じられずにいる。


 『まだ、あの子帰ってこないのよ…。携帯に何度も電話したけど、電源切れてるみたいで繋がらないの…。学校にも電話したんだけれど、校内には見当たらないって言うし…。城之内君や杏子ちゃんにも電話してみたんだけれど…見てないって…。あの子と連絡取れないから、ママてっきりあなたと一緒にいると思って…。ママ、こんな事初めてだから、もうどうしていいか…。』


 電話の向こうから聞こえる憔悴しきった母の声が、なんとも言えず胸を苦しくさせる。


 「オレからもう一度皆に連絡してみる。…帰り道に、心当たりを当たってみるから…。」


 一呼吸置いて、アテムは母に言った。


 「オレが必ず探し出すから。…だから、母さんは心配しないでいい…。」

 『…そうね…。アテムはお兄ちゃんだものね…。』


 アテムのその言葉に、わずかではあるが元気を取り戻した母は、受話器ごしに笑っているようだった。


 『…じゃぁ、遊戯の事はお願いね?…ママは、お夕飯用意して待ってるから…。』

 「あぁ…。すぐに遊戯を見つけて、一緒に帰るよ。」


 母に…自分に言い聞かせるように…。


 「じゃ、切るから…。」


 そう言って通話を切るやいなや、来た道を勢いよく走って引き返して行った。
 携帯を強く握り締めたままで…。













 「なんとか目星は付いた様だな…。」

 先刻までの修羅場が嘘のように、静まり返った開発室の中で、海馬は一人、残務処理をしていたのだった。
 今日制作されたプログラムデータを、自分のPCで残りの演算をさせている。
 疲労した体を椅子に深く埋め、右手で眉間をかくるマッサージしながら溜息をついた。


 「…今日は折角の休みの前だというのに、遊戯を誘ってやれなかったな…。」


 己の生きていく上では、全く必要としない学校というものなぞに、わざわざ通っているのは、ひとえに『武藤遊戯』に逢う為だけに行っている様なものだった。
 自分が会って来た人達の中で、一番笑顔が可愛いく、性格は誰よりも純粋で、守ってやらねばならないような、愛しい遊戯…。
 恋人にするのならば、遊戯以外は考えられない…。
 だが、必然的に『オマケ』も付いてくるのが難点だ。

 海馬は額を押さえて、深く溜息をついた。


 「遊戯の『兄』があれではな…。」


 遊戯に近づこうものならば恐ろしい目にあうとの、もっぱらの噂…。


 「どのみち、俺には通用せんがな…。」


 と、誰かしらに意気込んでいる所だった。

 部屋の扉が勢いよく開き、その『兄』が物凄い血相で飛び込んできて、デスクについている海馬の胸ぐらを、力一杯、自分の方へと引き寄せた。
 そして、開口一番に…。


 「海馬ぁ!!!貴様、俺の相棒を何処へやった!言え!!!」


 …流石の海馬もその言葉には驚いた様子だったが。


 「…なにを寝ボケた事を言っている。」


 アテムの行動にはあまり動じてはいないようだ。


 「お前が遊戯を誘拐したのはわかってるんだっ!!!」
 「誘拐?」
 「そうだっ!お前以外にいないんだ!!!」


 海馬にはアテムがなにを言っているのか解らなかった。


 「どう言う…事だ…?」

 今日は、朝に学校へ行ってからそのまま会社の会議で、昼からは…。

 「…俺は貴様とずっとこの場にいただろうが。貴様の目を盗んで、俺がどうやって誘拐できるのだ?」

 第一、今日はソフト開発の上で最も重要なセクションにきているのだ。
 海馬には、誘拐する暇なぞ皆無だ。


 「……そうだった…な…。」


 掴んでいた手を離し、がっくりとうな垂れたかと思うと、唐突に何かを思い出したかのように、邪魔したな!と、勢い良く再び去って行った…。


 「………一体何だったんだ?あいつは…。」


 広い室内には、一人残された海馬の呟きだけが響いていた…。













 海馬コーポレーションを出てから、城之内、杏子、御伽、本田、獏良、花咲にも連絡をしてみたが、みな、一同に遊戯を目撃した人物はいなかった。
 しかもみな、学校であったきりだと言う。
 帰りはみなそれぞれの用事があった為、個人で帰ったようだった。
 一応念の為に、遊戯の行き付けの店や、行きそうな所も当たってみたが、この時間帯はどこも既に店じまいしている。
 現在も遊戯の携帯電話に電話しているものの、まったく応答が無い…。


 「くっ…何処にいるんだ!相棒!!!」


 アテムは、徐々に焦りを感じ始めていた。


 (相棒は可愛いから、変なヤツに誘拐されたりとか…。)


 そんな事を考えていたら、余計に心配になってきた。


 「とにかく、早く見付け出さないと!!!後調べて無いのは学校だけだな!!!」


 アテムは学校へと急いで走り出した。


 (…頼む!!!どうか学校にいてくれ!!!相棒!!!)


 心の中で祈りながら…。















 「はぁっはぁっ…っ!!!」

 息を切らせながら辿りついた学校は、すでに明かりが消されており、校内には誰もいない事を知らせていた。

 目の前の閉ざされた正門の柵に手を伸ばし、掴んで開けようと試みるが、びくともしない…。
 気持ちの焦りから、柵に両手を思いきり叩きつける。
 ガシャン!という金属音が、夜の静寂を打ち破った。


 「くそっ!校門まで閉まってやがる!!!…他の入口に行かないと!!!」


 この学校の入り口は2ヶ所。
 一つはいまアテムがいるこの正門。
 そして、校舎の裏側にある裏門。
 正門は時間が来ると閉じられてしまうが、裏門は遅くまで働いている教員専用の通用口も兼ねている為、宿直の守衛所が設置されている場所を通る。
 本来ならば、学生はこの時間内に構内に入る事を赦されてはいないのだが、そんな事を言っている場合じゃない…。

 「…仕方ない…。」

 そう呟くと、今度は裏口に向けて走り出した。








 正門から、走るアテムの足で5分くらいだろうか。
 やっと守衛所のある裏門までたどり着いたのだが…。


 「どうしていないんだ!!!」


 普段ならこの時間でも電気がついており、誰かしら一人は必ずいるはずなのに。

 ─裏門の鍵も施錠されたまま。

 守衛所の室中を覗いてみても、誰もいない…。


 「─っ!仕方ない!!!後で謝っておこう!!!」


 アテムは制服の内ポケットから裏門の鍵を取り出し、錠前を外して中に入ると、守衛室から校内へと続く暗い廊下へと走り出して行った。


 (まず、教室!)


 廊下を走り、校舎の中央に設置されている階段を2階まで一気に駆け上がり、自分のクラスのドアを開ける。


 「相棒!!!」


 ほのかな月の光が差し込む教室内に、己の声が空しく響く…。
 暗く、静寂に包まれたその空間。
 教室の中で暗闇に浮かぶ、並んだ机たち。
 窓際にある遊戯の机に、人影は……無い。

 「……。」

 室内の月明かりがあたる遊戯の席まで歩いていくと、アテムはその机にそっと触れた。
 何も言わずに、ただ、その席を寂しそうに眺めながら…。


 「…遊戯。今、お前は何処にいる?」


 ズボンのポケットに手を入れて、窓から零れ落ちる朧月の光を仰ぎ見ながら、再度考える。

 (校内で、遊戯が気に入ってる場所…。図書室なら明かりが見えるはずだし、クラブハウスは既に花咲君が内部を確認して施錠している…。生徒会室の鍵は俺と海馬の二人だけしか持ってないから、鍵を持って無い遊戯には入れない。…おのずと、残る場所は限られてくる筈だ。)




 残された校内での、遊戯のお気に入りの場所…。




 数秒考えた後、はっとして天上を見た。




 「──屋上か!!!」




 アテムは急いで教室を出ると、屋上へと続く階段を駆けあがってゆく。

 (どうか、屋上にいてくれ!!!遊戯!!!)













 一気に階段を駆け上がった先に、屋上へと続く扉はあった。
 確か、ここの鍵はかけられていない筈だ。
 校内を駆けずり回って上がった息を嚥下し、外へと繋がるドアノブに手を伸ばした。

 (…必ず、ここにいる。)

 先ほど見た教室内の遊戯の机の横には、遊戯が通学用に愛用しているデイバッグがそのままにかけられていたのだった。


 「あのバッグの中には、遊戯が構築したデッキが常に入っているからな。あのデッキを置いて行くようなマネは、あいつは絶対にしない…。」


 アテムはそっと扉を開くと、軋んだ扉の音がまわりに響いた。

 眼前には月明かりに照らされた屋上。
 そして、高所特有の強い風があたり一体に吹いている。

 屋上に足を踏み入れて、あたりを見まわす。
 給水塔、非難はしご、転落防止の為の高いフェンス、そして、自分が出てきた屋上の唯一の出入り口…。

 (いつも、遊戯は…)

 昼食後、何も用事が無い限りは、給水塔の裏あたりでのんびりと過ごしている。


 「給水塔の裏か?」


 歩いて給水塔の裏へとまわりこむと、何かが見えた。
 ─その先にあったものは…。



 「──っ!!!」




 アテムの視線の先には、空を仰ぐようにして倒れている遊戯の姿があった。




 「遊戯!!!」




 アテムは走って駆け寄ると、遊戯の側で崩れるように膝を付いた。
 衣類の乱れからは、遊戯が乱暴された痕跡は見あたらな無いので、とりあえずホッとはするが…。

 倒れている遊戯の表情は、まるで眠るように穏やかだ…。
 アテムは首の下からゆっくりと手を差し入れ、遊戯を自分の胸の中へとそっと抱き寄せる。





 「──よかった…。」





 はぁ…と、特大の溜息とともに、全身の力がスッと抜けた。
 胸の中の遊戯は規則正しい呼吸もしてるし、目立った外傷も無い。


 「眠ってるだけ…だな…。」


 一安心はしたものの、自分が遊戯の側を離れるまではいつものように元気にしていたのに、何故こんな所で倒れているのかが判らない…。

 「まぁいい。帰ってから詳しく聞くとするか…。」

 アテムは遊戯の体勢を抱きやすいように直し、腕に抱きかかえると、遊戯を起さぬようにそっと立ちあがった。

 「まったく…心配させてくれるゼ。」

 己の腕の中で、安心しきった寝顔の遊戯を覗きこむ。

 「……
〜…ボ…の……タ…」

 どうやら夢の中で、デュエルでもしているようだ。

 (…はぁ…。)

 遊戯を自分の腕に抱いた事で安心したようで、なんだか疲れが出てきたようだ。
 懸命に探し回ったので、その疲れだろう。
 寝顔の遊戯をそっと覗き込む。





 「遊戯…。まだ、起きないで…くれ…」





 そう言うと、アテムは眠ったままの遊戯の唇に、そっと触れるだけのキスをした。

 少し離して密やかに囁く。
 遊戯には告げないと誓った、その言葉を…。



 「…愛してるんだ。」



 切ない位に、優しい瞳で見つめながら…。


 ──自分でも、もう、どうしようもないくらいに愛している。
 兄弟だから面と向かっては言えないし、そうとまわりの連中や遊戯に気付かれない様、なるべく兄らしい態度を取るようには努力をしてはいるのだが…。

 (オレがこの感情をコントロールできるうちはいいが、いつかこの想いが、お前を傷つけてしまうかもしれない…。)

 この禁忌の想いが押さえ様もなく膨らんで、それが溢れ出してしまったら?
 きっと、遊戯を傷つけてしまう。
 この狂った想いで、お前を壊してしまうかもしれない…。
 それがとても怖い。
 しかし、それでも…。


 「オレは、お前を愛してしまったんだ。」


 赦されない愛だとしても。
 永遠に結ばれる事はないと解っていても…。




 「…帰ろう、遊戯…。」




 己の腕の中で、気持ち良さそうに眠る遊戯を愛しそうに抱え、アテムはその場を後にした。





 帰宅する二人を、朧月の優しい輝きだけが照らしていた。














 ──後日談ではあるが、当日、遊戯が母に叱られたのは言うまでも無いが、遊戯が失踪したと言う事が翌日校内に広まっていたのは言うまでも無い…。
 (アテムと遊戯は、揃って学園長に呼び出されたとか、そうでないとか…。)




Fin

2004'Sep,21.23:30p.m.


□Under the sky.-night-□(大空の下で)
お待たせしました!って、待ってる人いたんでしょうか?(いないだろうなァ〜…汗。)
なんとか終わったのはいいのですが、何故か解りませんが、時間がかかってしまいました。
城之内君たちも出したかったんですが、話しの都合により本編で登場していただく事にしました。
…一番始めに海馬君の所に走らせたのが悪いのかな…。
いや、私の精進が足りないのだ〜!!!にぎゃ〜(><;)。゛!!!
自分で言うのもなんですが、『もっとがんばりましょう。』って、感じです。あうぅ〜(T_T;)\゛
さて!次はF.T(フォールトトレラント)の本編にとりかかります!
頑張るぞっ!!!



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