始まり
アタシは人形。
ちょっと薄汚れてはいるけど
この笑顔を曇らしたことは1度も無いのよ。
(といっても曇らせる方法が無いんだけど)
最初はオンボロな雑貨屋で売られていたの。
あ、違うわ、売られてない。
最初の最初、アタシはオンボロな雑貨屋を経営しているおじいちゃんの
娘の、ええっと、そうそう、その娘はもうすっかりお母さんで
小さな女の子の子供がいたの。
それでね、お母さんの旦那様は普通の工場で働いてる人で
そんなに稼ぎが良い人でもなかったの。
だから女の子もあんまり『おもちゃ』とか持ってなかったみたい。
いつもお母さんが作ったぬいぐるみやお手玉で遊んでいたの。
・・・ここまで話せば分かるかもしれないわね。
アタシはその女の子のお母さんが作ってくれたの。
え?アタシの説明、もしかしてちょっと分かりにくい?
ごめんなさいね、アタシ、今までで3人くらいの人としか話を
したことが無かったの。だから言葉の使い方が間違うときがあるかも。
じゃあ話を戻すわ。
アタシは小さな女の子の持ってる『おもちゃ』の中で一番の『お気に入り』に
なったの。女の子はやっぱり女の子の人形がいいのよね。
だけど女の子の人形はいつまでも女の子だけど女の子の本物は
いつか女の子じゃなくなるの。それは当たり前なんだけど。
簡単に言うと女の子は女の人になったってこと。
それからアタシはもう必要無いってこと。
あの頃のアタシは『おもちゃ』だから子供の相手しか出来ないと思ってたから
別に悲しくなかった。捨てられるかもしれないことも平気だった。
まぁ・・・悲しもうにもこの顔は笑ってることしか出来ないんだけど。
それでね、意外なことにアタシは捨てられずに済んだの。
誰が助けてくれたと思う?
最初の最初の次にアタシがいた場所。
オンボロな雑貨屋。
おじいちゃんが雑貨屋の入り口にぽんと置いておいてくれたの。
そこは色んな人が通るのが見えたわ。
通りすがりの女の子がアタシのこと抱き締めていったり
くわえ煙草の男の人がアタシのこと叩いていったり。
その度に汚れていくアタシ。
そこは淋しかったけど楽しかったわ。
毎日違う風景が見えたの。
同じセリフばかりのおままごとの相手をする必要もないの。
だけど不安なときもあったわ、恐かった。
だっていつまでそうしていればいいのか分からなかったもの。
盗まれないよう紐で吊るされていたから
いつもフワフワ浮いていて
何も分からなくて・・・
・・・恐かった。
どうしようもなく。
こんなにも自由なのに。
どうして。
どうして。
どうして。
必死で答えを探すけど
考えるけど、探すけど。
答えが見つかるのさえ恐くて。
ただ、ただ、願ったのは、
―あのときのアタシを救ってくれた人がいる。
高そうな服屋や洋菓子店の袋を両手いっぱいに抱えて
そんないっぱいいっぱいの手を無理矢理伸ばして
アタシを手にした。
「コレ下さい」
低い声でそういった。
おじいちゃんがアタシを袋に包みながら
あの人をひやかした。
そしてあの人は言う。
「いいえ、恋人じゃないんです。まだ」
そこから先の会話は、袋の中に収まったアタシには聞こえなかった。
だけどよく揺れる袋の中で、あの人が必死になって荷物を抱えて歩く姿を
想像して、アタシは初めて、自分の表情通りの気持ちになれた。
それがはじまりだった。
アノ子との日々の。
あの救い様の無い滑稽な恋のカタチ・・・
・・・・・・そして、
ただ、ただ、今でも願うのは
あの人に束縛されたいってことだけ。
アノ子と同じように、